「あ」
跡部が体裁の悪い文書に苛立ちながら、生徒総会の質疑に目を通している最中の出来事だった。紅茶のポットを手にしたまま、給湯室からすり抜けていったは、素っ頓狂な声をあげたまま窓に張り付く。
「どうした?」
すっかり冷めたミルクティーが微かに膜を張り始めているのを横目で見てから、跡部は気のない問いかけを浮かべた。
「雪ですよ、雪」
「あん?道理で寒いな」
「ちょ、会長雪ですってば!」
「なんだよ、俺様の返事が聞こえなかったのか!?テメェの耳は飾りか、!」
「雪ですよ、会長?どれどれ、ああ、本当だな!の流れが正当です!」
「雪ごときでいちいち浮かれてたまるか!テメェも自分の仕事を全うしろ!」
冷たいミルクティーを一気に飲み干した跡部は、やや乱暴に音を立ててソーサーにカップを戻す。はぞんざいな催促に対して、ありていに唇を歪めてみせる。
「あー、いやだいやだ、会長はそうやってロマンもへったくれもない仕事人間の旦那様になるんですねぇ…奥様と子供がかわいそう…」
「ロマンだけで飯は食えねぇんだよ?」
新たなカップに注がれる褐色の液体を見ながら、跡部はふてぶてしく呟く。は嘆息ののち会釈すると、先に置かれていたミルクティーのソーサーに手を伸ばした。すると、書類の文脈を追っていた指が刹那のてのひらの行方を塞ぐ。そして、そのてのひらは安易に、跡部の指の内側に捕らえられた。
「ひ!?」
「…で、この俺様を捕まえて、ロマンがない、とかどの口がほざきやがる?」
「い、いあ、あの」
上体が崩れたから、危機を感じたは片手に持ち続けていたポットを会長机に置き遣った。またそれが跡部には好都合だった。さらにを引き寄せて、自分はほんの少し乗り出せば、ただそれだけで制裁が加えられる。
恐怖と混乱と羞恥心の渦中で、目を瞑ったほんの一瞬の間に起きた出来事。秒針がその身をわななかせるかそうでないかの僅かの時間だったけれども、跡部の唇は、確かに、の唇の上を掠めた。まさにこの口か、と言わんばかりに。
「か、かい、かいちょ」
そして、身を乗り出してから立ち上がるまでがまるで一連の流れであったかのように、跡部は石化しているの脇をすり抜け、窓の前に移動する。
「フーン、こりゃ積もるかもしれねえな、?」
「そんなこと、よりっ、何しました、今!?」
「…言わなきゃわかんねーのか?」
「わかりますよ!わかりますけどでもわたしあの」
爆発間際まで赤くなり果てたは、机にしがみついたまま、床にへにゃりと座り込んだ。
「ふぁ、ファーストキスですよ!」
「ハ、んなこと知るか、寧ろ光栄だろ?」
プロバンス・サンタフェ風のドレープカーテンを掴みながら、雪を背景に見返る跡部はお世辞抜きで美しく、は深い溜息を漏らして、心でばかやろう、と叫ぶ他術を持たなかった。跡部は満足気に微笑み、再び雪の来し方に視線を預ける。このまま降り続いて帰れなくなっても、こいつとなら退屈しなさそうだ、と邪な考えを心に浮かべながら。
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