りきたり

「…ねえ」
「………」
「…亮?」
「………」
「……亮―」
「………」
「りょおううううう!!!!!!!!!」
「うおあああ!ビビったなんだよかよ」
「なんだよかよ、じゃないっつーの!さっきから話しかけてんのに」

下校中いやに見覚えのある後ろ姿を見かけたから、嬉しくなってそのまま走って追いついて、話しかけてみたらこのザマだ。音楽でも聞いてんなら話は別だけど、肩に手をかけて揺さぶるまで気付かないって、鼓膜に私の声を感知しないようなフィルターでもつけたのかと疑いたくなる。

「ごめん、ちょっと考え事してた」
「あー…はいはい、長太郎のことね?」
「……なんで判ったんだ?」

鳳長太郎と面識はないが(姿形は知っている、一言で言うなら王子様みたいな子だった)今私が憎んでいる人間ランキングベスト3に入ることは間違いない。幼稚舎の頃からずっと亮とずっと一緒にいたのは私のほうなのに、中等部に入って3年にあがったころからいつのまに亮の思考の大半を占拠している(と私は思っている)彼は男であるがゆえ、絶対に勝つことの出来ない私の永遠のライバルだ。…ということを向こうはきっと露ほども思っていないことが余計に口惜しい。

「鳳くんがうらやましいよ」
「はあ?なんでだよ」
「亮には一生わかんない」

あー人の心に寄り添うことは決して下手でないのに、何故ここまで女の心の機微に気付けない性質に成り下がってしまったのか。岳人だって、慈郎だって大概気付いているのに、当の本人はこれだ。救えない。
だからまああんなやつのどこがいいんだ、と言われるのは当然なのだけど、強いて言えば私はきっと亮のそういう不器用なところに惚れてしまっているんだろう。救えないのは私の方だ。亮の言葉を借りたら激ダ…いや、やめておこう。

「…てか、帰り一緒になるの珍しいな?委員会か?」
「ううん、家だとあんまりちゃんと勉強出来ないから、図書室で勉強を」
「ああ、まあ確かに考査も近いしな」
「そうそう……、受験もあるしさ」
「はあ!?」
「えっ、なになになに」

日常会話の最中、亮が唐突に身を乗り出してきたから驚いた。私は疑問符をありったけ頭上に浮かべつつ、首を傾げる。目をまあるくしながら、亮が小さく詰問する。

「お前、外部受けんのかよ!?」
「へ…いや、内部だよ、内部に決まってんでしょ」

亮は意外に、いやマジで意外に頭がいいので、進学と言ってほぼ間違いないかもしれないが、私は数字がめっぽう弱いから今の成績だけで高校に上がれるかと言えば正直心許無い。だからあえて受験と言う表現をしただけのことだったんだけど、正直ここまで過剰反応されるとは、意外だった。外部なんて受けるわけないじゃないか。あわよくば来年こそ同じクラスになれればいいなとすら思っているのに。

「…んだよ、驚かせんなって」
「いや、勝手に驚いたの、そっちだから」

むしろ驚いたのはこっちだと継いだら、少しの間をおいて、ごめんと素直に謝られて調子が狂う。…もしかして。

「もしかして、少し焦った?」
「はあ!?何が…」
「焦ったんでしょー?私がいなくなると思ったんでしょー?」
「ばっっかじゃねえの!」

俄かに赤くなった亮は(わかりやすい、かわいい)鞄から例のキャップを取り出すと、顔が見えないようにそれを深く被った。私はなんだか堪らない気持ちになって、臆面もなく亮の腕にしがみ付く。亮がキャップの奥で再び目をまあるくしたのが見えた。

「大丈夫だよー!亮ー!いなくならないよー!」
「ふ、ふざけんな、離せっ!」
「離しませーん」
「ふざけんな!」
「あー私お腹すいちゃったーマック行こうよマック」
「人の話聞いてんのか、おい!」

こんな風に戯れでしがみついたとき、いやがりつつ決して振り払ってこない亮がやっぱり愛しい。たった今亮の頭を席巻しているのは私だ。鳳くんには悪いけれど。

心の中でガッツポーズを決め込みつつ、改めて感じた亮の腕の感触は、随分前よりずっとがっしりと男らしくなっていたから、ありきたりなほど滑稽に胸が高鳴って、辛かった。


 

20130830 ありきたり