アルデンテ
「弁当にパスタ入れてくるやつってマジ意味わかんね」
それはまごうことなき挑発だった。違うと言われても信じられるもんか。私は携えたプラスチック製のフォークを折りそうになりながら、先の発言などどこ吹く風でパンを齧る岳人を睨みつける。
「…喧嘩売ってる?」
「は?売ってねーし、思ってたこと言っただけだっつの」
「わきまえてよ!目の前でパスタ食おうとしてる私に謝って」
「いや、だからありえねえし」
「まだ言うか、この」
おかっぱ野郎、と言おうとしてすんでで止めた。そこまで言ったら流石に傷つく。というか怒号だ。言わなくてもいいことを自重してわきまえるのが大人、わざわざ言ってのける岳人はつまるところ子供だ、と思うことにして心を落ち着けた。少しかわいいからって調子に乗るなよ、このやろう。
「だって弁当のパスタってひっついてるしのびのびでゴムみてーじゃん」
「固めに茹でてオリーブオイルあえておけば美味しいもん!」
「はっ、信じねー」
「じゃあ食ってみろよおお!!」
力任せでフォークに茄子のボロネーゼパスタを巻き付けた私は(別に力なんて必要ないけど籠ってしまった)そのままフォークを岳人の鼻先につきつける。否や、岳人は顔を歪めた。どこまで人を煽れば気が済むんだと思いながら、私はとうとう立ち上がる。
「食・え・よ〜!」
「いや、いいってマジ勘弁」
「私がゴミ食ってるみたいなリアクションやめて!」
フォークを持つ手を抑えつける力は流石男の子と言ったところだが、私も意地なので負けていられない。こうなったらどう足掻いても岳人の口にパスタを突っ込んでやらなくては気が治まらないのだ。所詮、私も子供だな、と落胆を密かに抱えながら、私は一度腕の力を緩めて、怯んだ岳人の間抜けに開け放たれた口にパスタを突っ込んだ。
「隙あり!」
「んぐう!?」
任務は無事遂行され、ぶちこまれたパスタを非常に不快な面立ちで受け止めていた岳人であったけれどこうなった以上吐き出すのは流石に拙いと思ったのか諦めてもぐもぐと咀嚼し始めた。どうだ、美味いだろう、私が早起きして作ったんだから、これでなお不味いと言おうもんなら次は鉄拳制裁に及ぶ他ない。
「…どう…」
「………」
「どうなのさ!」
「……冷てぇ」
「おい!そこじゃないでしょう!」
ことのほか美味しかったことをみとめたくないからって温度に逃げるなんて卑怯だ、卑怯すぎる。本当にこいつは…とわななきながら、怒りを籠めて着席した私は、そのままばくばくと自慢のボロネーゼを頬張った。美味しいじゃないかやっぱり。麺の内側は、髪の毛一本分の芯、まさしくアルデンテ。
「…なあ」
私が無心でパスタを味わっていると、脇から低い声が響いたからぎょっとした。顔を上げると侑士が何故かやや呆れた顔で佇んでいる。手元には居眠りこいていたから貸してとお願いしていた数学のノート。わざわざ持ってきてくれたのかと申し訳ない気持ちになりながら、私は手を伸ばした。パスタが口の中からいなくなったら、お礼を言おうと踏んでいたのだけれども、先に言葉を継いだのは侑士のほうである。
「さすがに教室でいちゃつくのはどうかと思うで」
「ふゎ!?」
「…何寝言言ってんだよ、侑士」
いや、だってと言いながら、私の手にノートを持たせる侑士。少し首筋が粟立ったのは、変な自覚が沸いたからだ。
「ち、違う、あれはそういうんじゃないってば」
「教室で『アーン』とか、ホンマ寒」
「てめえ侑士勘違いしてんじゃねーぞマジで」
もとはと言えばお前が!とかのたまってくる岳人の言葉を聞きたくなくて耳を塞ぐ。心なしかクラスメイトの視線も冷たい気がしたから瞳を閉じた。
…こんなことになるなら、もうお弁当にパスタはやめておこう。
口惜しくも、そんなことを思った昼下がり。
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