いかぎ

日の暮れきった教室で這いつくばっていたら、前触れもなく、影が自分に覆いかぶさってきたからとても驚いた。恐れつつ顔をあげると、教室の入口には侑士が佇んでいる。夕日が影を伸ばした所為で随分近くにいるような気がしたから、気抜けして私は大きく項垂れる。

「…何してん、アホちゃう」

開口一番辛辣に行ってのけた侑士は定めて部活の帰りだろう。教室に寄って帰るなんて稀だろうから、忘れ物でもしたのかもしれない。

「…探し物してんの、ほっといてよ」
「いや、ほっておきたいのはやまやまやねんけど、足元で虫みたいにカサコソされたら流石の俺でも気にしてまうやろ」
「……流石の俺って何」
「不粋な突っ込みすなや、そこは流すとこやで、

だからお前はあかんのや、と溜息を吐きながら自分の机の元へやって来た侑士はおもむろに椅子を引いて私を見下ろしながらどっかりと腰をかけた。なんの駄目出しだ、なんの。

「…で、何探してるん?」
「いいよ、自分で探すから」
「思いあがりなや?誰も探すとは言ってへんで」
「じゃあ余計に言う必要ないじゃない」
「あー言えばこう言うやな」
「どっちが」

何故か自分をじっと見つめるばかりの侑士に少々狼狽した。忘れ物を取りにきたとばかり思っていたからすぐに立ち去ると踏んでいたのに、なんだか暫く留まる様子である。どうしよう鬱陶しい。というか、なくしものの正体を、こいつにだけは知られたくない。

「…てか、何しに来たの?」
「んー、ちょっと野暮用」
「気が散るからさっさと済ませて帰ってくれない」
「はあ、つれへんなあ、は」

かようなやりとりでイライラの音が身体に響き始めた頃、侑士は怠惰な面持ちで立ち上がり、前方にしゃがみこんでいた私のもとへつかつかと歩み寄ってくる。なんだか少々怖くなり、私が口許をひきつらせたのと、侑士が微かな笑みを唇に送ったのはほぼ同時の出来事だった。侑士は私の目前にしゃがみこむと、おもむろにズボンのポケットをまさぐって、何かを手のひらに包んだ。いやな予感がする。

「じゃーん」

平坦な抑揚の効果音で眼前にぶらさげられたのは、まさに私の探していたものだった。自転車の合鍵。そこまではいい、そこまでは。

「ゆ、侑士、あんた、わかってて...」
「まさかのもんとは思わへんかったけどな?教室に落ちてたの拾ったまま、つきとめるの忘れたから黒板にでも貼り付けておこ思ったんやけど、自分、あからさまに探してるし」
「か、返して!」
「その前に言うことあるやろ?」

眼前にちらちらと揺れるそいつを直視したくなくて俯きながら、私はか細い声で返答する。

「ありがとう、ございます」
「はい、良くできました」

にっこり、と形容できる笑顔を露骨に貼り付けて、侑士はそれを私に差し出した。非常に複雑な気持ちで合鍵を受けとりながら、よりにもよってなんでこいつに拾われてしまったんだとか考えている私の顔は非常に熱い。

「で?」
「は?」

一文字を突きつけられ、伸べた私の手首を握った侑士は、先の笑顔を崩さないまま私の顔に自分の顔を突き付ける。近い、やめろ、気が狂う。

「誰との恋愛成就祈願やったんか、教えてもらおか?」

ああしくじった。
合鍵なんかにつけておくんじゃなかった。恋愛成就のお守りキーホルダーなんか。

「余計なお世話よ!」

腕を振り払って立ち上がり、そっぽを向くと、ほどなく後頭部に笑い声がぶつかってきて腹がたった。
やけに顔が熱いのは夕日のせいに決まってると自分に言い聞かせながら、私は手首を強く押さえる。



 

20130830 あいかぎ