こりゃ駄目だ、諦めよう、と思った頃、もうすでにローファーは足を外敵から守ると言う役割をすっかり放棄していると言った風にびしゃびしゃのぐしゃぐしゃで、自慢(かどうかはわからないけれど)の銀髪尻尾は項垂れてシャツの襟に鎮座していた。部室に戻るのは正直面倒くさい。けれど、家に帰るのも面倒臭い。滝のような雨に加えて、風も強くなって来た。海沿いの電車は、風に弱いのだ。最寄り駅に到着してからの立ち往生は流石に辛い。

「戻るかのう…」

ひとりごちて、靴の中の不快な水分に舌打ちしながら仁王は踵を返す。判ってる、何もかも自分が悪い。


ミニミニモンスター


飄々と、人をおもちゃにおもしろおかしく自由に隙なく生きていると見せかけて、意外に仁王はただの馬鹿だった。その馬鹿な部分を悟らせず、一縷の隙もないと思わせているあたり飄逸と呼ぶにふさわしいのはまっことその通りではあるけれど、時々自分の首を絞めているから救えない。今日にしてみても、雨が強くなる前に帰宅することは充分可能だった。実際、仁王を除くほとんど全員が幸村の指示を受け早々に帰宅したに違いないのだ。しかし仁王はそれをしなかった。何故か。それは狭苦しいロッカーの中で居眠りをこいてしまったからである。夢の内側で仁王は、流石こういうときは逃げるのが早いな、とか挨拶もなく帰宅するとはたるんどるとかそういう類の声を聞いた気がする。まあそういう談笑の最中自分がずるう、とロッカーから這い出てきたらとても滑稽なことになりそうだと言うただそれだけのしょうもない理由からロッカーに身を隠した仁王だったわけだが、レギュラー用ロッカーは意外におさまりがよく、安眠できると言ういらない収穫を胸に、ただひとりぽつんと、暗い部室へ這い出て来る羽目になった。虚しい、と仁王が思ったかどうかは知れないが、そんなときも冷静な表情を崩さない彼は、詐欺師というより寧ろ平成の喜劇王、と言ったところか。(まあその折は完全に道化師に成り下がっていたことは揺ぎ無い事実ではあるけれど)このように、流れゆく人生の中でどうしてか人様の虚を付かれた顔が何よりの好物であり快感になってしまった仁王は、時折こういう暴挙に出る。そして、失敗するときはこのように、完膚なきまでに失敗して、自分の首を絞めるのであった。

とりあえず折り畳み傘を片手にクラブハウスから出てみたはいいが、コンパクト性だけを重視されたひどく頼りないそれはすぐに使い物にならなくなった。殆ど人もいないしいいだろう、と暫くそのまま歩き続けてはみたけれど、これでは傘をさしていてもさしていなくてもまったく変わらないことに気付き、冒頭の心の呟きに辿り着く流れになったのである。

ひとまず部室なら、この濡れに濡れた身体を包む洗いたてのタオルに事欠かないはずだから、その他の教室に留まるという選択肢は排除された。自分がロッカー内部で心地よくなっていた頃、柳あたりがしっかり施錠と指差し確認で後にしたと推察できるテニス部室だったが、内鍵をあけ、クリップの先っぽで施錠し直した仁王にとって、再びそれを開け放つのはまた造作もないことである。短時間で見事にずぶ濡れになった仁王はローファーをハウスの昇降口に放って、ひとまず靴下を脱ぎ去ると何故か裸足のままテニス部室の方向へ進んで行く。制服のズボンの裾からしたたり落ちる水滴で、仁王の歩行経路は見る間に濡れて行ったけれど、そんなことを構っている仁王であるはずがなかった。がらんとしたクラブハウス内は、外で降るけたたましい雨の音と相反して、不気味なほどの静けさが立ちこめている。もしかして、建屋内には自分以外誰もいないかもしれない。寂しくはないが、言い得て妙な気分だった。廊下を辿りながら、ジャケットを玄関で絞っておけばよかったとかなんとか思案していると、窓から途轍もない閃光が散って、仁王ははたと外の景色に視線を寄せる。まばたき一回ののち、今度は裂けるような、判りやすい稲妻の音が鼓膜を強く打った。

「…ふうん」

光から音の間はさほど長くない。近くに落ちたか?と仁王は思って、指先を窓に伸ばしながら、雨の音へそっと身を寄せた。すると、立て続けにまた2回、同様の光が瞬いて、それから音が追いつくまで、矢張り寸分のゆとりもない。不謹慎だと思いながら、胸が高鳴るのは、自分が安全地帯でのうのうと、それを眺める立場にあるからだと知っている。そして三回目、鉛色の空にしっかりと亀裂が入ったのを目視した仁王は、これは大きい、と固唾を呑んだ。そうして、やがて刹那めいた地響きが始まる。

「………ゃあ!」
「………お…?」

人言語如きのオノマトペでは到底表現出来ない迅雷の音に紛れて、どこかで、猫の鳴くような声が紛れたから、仁王はしゅんかん、不覚にもそちらに気を取られて自然現象に見とれるどころではなくなった。まるで取り残されたみたくひとりきりの世界に佇んでいた仁王にとっては不意打ちそのものである。聞き間違えか、とも思ったが、振り返れば、自分の控える後方は丁度女子テニス部の部室の扉が誂えられていて、よもやまさか、と言う気持ちになった。仁王は軽く唇を撫ぜて思案したのち、違えたところで誰が見る道理もあるまいと、試しにそのドアノブに手をかける。見たところ、室内の明かりは消えているようであったが、もしかしたら、ロッカーの中で眠りこけて置いていかれた上に、とんだ雷鳴で目を覚ました、なんてことが万に一つあるかもしれない。…まあそうなると、このドアノブは施錠されていることになるけれど。
ごちゃごちゃ考えながら、捻ったドアノブは、いとも簡単に引き寄せられた。お、と小さく零して、女子部室だというのに恐れず中を覗き見るあたりは流石仁王と言ったところか。しかし、扉の具合と相反して、中はひどくがらんとしている。男子部室もレギュラーメンバーが錚々たるもの揃い踏みなだけあって、赤也のロッカーの中意外は意外と几帳面に整頓されているから、女子部室とさほど内容は遜色ないなと仁王は暢気な感想を抱く。

「もしもーし、誰かいるんかのう?」

暢気なのは、すっかり声にも表れていて、すでに片足を部室内に突っ込んだ仁王は、そのまま後ろ手で扉を閉めた。扉に鍵はかかっていなかった、というのも手伝って、先ほどの猫のようなものはこの中にいるに違いないと言う確信が仁王にはあった。仁王がスイッチに手を伸べるまで、蛍光灯こそ点灯していなかったが、雨雲が襲来してのち唐突に暗くなったから、それまでは点けないこともやぶさかではない。事実、このクラブハウスは通常いやと言うほど西日が差し込めるのが特徴だ。濡れる前髪が鬱陶しくて無造作にそれをかきあげながら、てらてらと点滅しつつ明るくなった部室を仁王は辺りをきょろきょろと見回した。臆せぬ彼は、ずんずんと突き進み、とうとう女子ロッカーの前まで足を踏み入れた。こうなったら完全に侵入者だな、と思いながら、仁王はロッカーに書かれた丸い文字の名前に視線を送る。

…」

すると、その折、ひさびさの閃光が窓の外を一際明るく染める。仁王は一瞬気を取られたけれど、音が追いついてきたその瞬間今度は猫ではない何かの声が耳を劈いたから、すぐに雷どころではなくなった。

「っひいいいいいやああああ…!!!!!!」
「うおおっ、なんじゃ!?」

自分がたまたま視線を預けたのロッカーから、絹を裂くとはとても言い難いあらもない悲鳴が聞こえるではないか。仁王はわずかに戦慄したが、すぐに余裕の心拍数を宿す。それから、開けるか開けまいか、一瞬躊躇って、しかし数秒後にはもう仁王の指先はロッカーの取っ手に張り付いている。

「開けるぞ、誰かさん」

と、仁王は一応発言したけれど、その声が相手の鼓膜に吸収される頃には、すでにロッカーは半開きくらいにはなっていた。しかし、はっきり言って、呼ばれた方は侵入者どころじゃない。ひとまず、侵入者が呑気な声をあげたことなど気にも留めていられないくらいには余裕がなかったようだ。雷鳴のせいだろうか、と疑問を浮かべる仁王の足元で、小さく折りたたまれた身体は、さらに一回り小さくなってがたがた震えていた。それから雷鳴の響きが収束して、やっと傾いた首は、まるで機械のように動いている。そうして、ようやくは仁王の顔を双眸で捉えたのであった。

「に、にお、にお…」
「…これは、『』が入ってる、って意味で書いてあったんじゃのう」

トントン、とネームプレートを指差す仁王は性質の悪い笑みを微かに浮かべた。

「な、なんで…ここに、いるの」
「それはお前さんにも言えることじゃきに…しかもこんな狭っ苦しいロッカーに」

』は女子テニス部の敏腕マネージャーである。合同合宿の折などは男子テニス部と関わることもしばしばあったから、顔はよく見知っていた。性格はさっぱりはっきり清清しく、教員に対しても先輩に対してもさほど物怖じせず、ましてや媚を売ったりするタイプではなかったから、一部の人間が疎む一方でたいがいの人間には好感を持たれているに違いなかった。女性らしさというより、どちらかと言えば凛々しさを兼ね備えたやつだ、と仁王は解釈している。しかし、目前のは違った。ロッカーの中でしおらしくうずくまり、よく見れば、目尻に涙まで浮かべているじゃないか。仁王は眠そうにけだるげな瞼のその裏側で、わずかに驚きを滲ませた。到底、気付かれることはないけれど。

「人を驚かす算段じゃったんか?」
「ちが…、あんたと一緒にしないで!」
「………手酷いのう」

実のところ図星すぎる一語にばつが悪い心地になった仁王は、濡れた頭を探りながら、それでも片方の手をに差し出す。

「ほら、立ちんしゃい」
「え、いいよ、べつにこのままで」
「俺も一向に構わんが…パンツ見えとるぞ?」
「いっ、やああああ!」
「…嘘じゃ、チョロいのう、

手も取らず、いとも簡単に立ち上がった相手に、口角を上げて笑んだ仁王は、赤くなりながら呆気としたにいたくご満悦だった。は眉間に皺を寄せて、聳える仁王の瞳を鋭く睨む。言うまでもなく、仁王はそんな行為どこ吹く風であった。

「…で、何でこんなとこにおったんじゃ」
「奥で、お、オーダーのバリエーション、考えながら、部誌読み直してたら…その…」
「んー?」
「みんないつのまにか帰ってた、みたいで…」
「…ほう」
「そ、そしたら、雷が………」

言いながら、仁王の後ろにある窓をちらちらと気にするは、非常に判りやすかった。ともあれ、面白いムジナを見つけたと思いながら、おもむろに、仁王は言い遣る。

「近かったからのう、まあ、心配しなくても―――じきにここにも落ちるじゃろ?」
「――――は!?…な、ば……」
「そんなことより、タオルくれんか?」

流石に今風邪ひいたら真田に殴られかねんからのうとか言いながら、仁王は銀の尻尾を束ねるゴム紐を乱暴にひっぱった。細かな水滴が、慄くのかんばせにぶつかり、途端目をぱちくりさせる様を、仁王はさもおもしろそうに見ていた。ついでにタオルじゃ、と重ねて催促するのも忘れない。こういうとき、せめて動揺を緩和する言葉をかけるのが筋ってもんじゃないのか…と言う類の怒りを心頭させるだけでは飽き足らず、言うに事欠いてタオルくれ、である。良いベクトルとは言い難いが、おかげでの脳内から雷の件はどこかに吹っ飛んだに違いなかった。

「な、にさま!?あんた」
「男子テニス部レギュラー仁王様じゃ」
「なんんんも偉くないし!第一管轄外!」

は反論めいた一語を音にしたが、そのまま身体を翻し、部室の隅の備品庫と思わしきキャビネットをおもむろに引き出した。流石敏腕マネージャー、と仁王が内心誉め称えてから、洗い立ての白いタオルを、勢いよく顔面に食らうまで、そう時間はかからなかった。しかも立て続けに4枚である。皮肉にも、わかりやすい柔軟剤の良い香りがひどく直接的に鼻腔を擽る。顔面に張り付いたタオルを退けたら、がどんな表情を浮かべているかはいやでも想像がついたから、仁王はあえてそのまま、ぼそぼそと唇を動かした。

「乱暴じゃのう」
「誰がそうさせるのよ、誰が!」
「ええじゃろ、今現在俺とお前は一蓮托生、同じ穴のムジナじゃき」
「帰りそびれただけでそこまで仲間意識持たれたらたまんないわ」
「そびれただけならええがのう」

タオル1枚でひとまず頭をわしゃわしゃとやりながら、仁王は窓の方向へ歩み寄った。窓と言っても、今や景色はままならず、雨がぶつかって流れる様をただ見届ける事の出来る硝子板と成り果てている。

「もしかすると、お前さんと一夜明かすことになるかもしれんぜよ」
「ば…、んな…!?」
「おーおー、赤くなりなさって、想像力が巧みやのお、ちゃんは」

は仁王の背中を見ながら会話をしていたが、したり顔で対応しているであろうことは容易に想像がついたから腹が立つ。しかし元はと言えば、自分が脇目も振らず作業していたから今この時間が存在しているわけで、誰が一番憎らしいかと言えば集中すると廻りが見えなくなる自分自身だ。ちくしょう、と内心呟いて、は大きく息を吐いた。意図せず赤面してしまい、暑くなった顔を掌で仰いでいたら、仁王がまた無造作にタオルを床に散らばせる。ちゃんと片付けるよう口を挟もうとするやいなや、タオルに次いで、仁王が足元にネクタイを落としたから目を疑った。見れば、ネクタイの取り払われたワイシャツのボタンに手をかけて、そのまま肩手でぷちぷちと外し始めたから今度は泡を食った。

「ちょっと、やめてよ仁王!」
「んあ?…心配せんでも、全裸にはならんぜよ」
「そういう問題じゃない、ってば」
「……あー、成程」

振り向いて、歩み寄って来た仁王はすでにボタンをほぼ全部取り払っている。しつらえられた筋肉は上等なもので、流石のも心臓が上擦った。後退したけれど、先のロッカーまで詰め寄られて後がなくなった。何故ここまで人を追い詰めてからかうのに余念がないのだこいつは、と少々呆れつつ、見下ろしてくる仁王に眉を顰める。

「もしかして、処…」

不審なことを言いかけた仁王を戒めるかのように、

落ち着き払っていたように見せかけた空が先ほどまでにない光を放ち、殆ど間もなく、バリバリ、という類の何もかもを裂くような雷鳴が部室を劈いた。瞳孔をこれ以上ないほど開いたが雷光に照らされて、直後部室は再びありていの闇がりに包まれる。停電だ、と仁王が感知して天井を仰いだ頃、胸元に小動物が飛び付いて来たから驚いた。

「うおあ!?…!」
「っ、うー…うーっ…」

仁王の肌蹴たワイシャツをぎゅうと強く掴んでがくがく震えるに、取り戻した威勢は感ぜられなかった。それもきっと威勢、というより定めて虚勢だったのだろう。雷が鳴る外界と自分を隔離するかのごとく、付け焼刃にロッカーに飛び込むような輩だ。既に胸元から啜り泣きのようなものが響いている。

「…ふーん」

すっかり萎縮しきったを、不謹慎にもなんだかかわいらしく思った仁王は、驚きで軽く万歳していた両腕を、やんわりとその肩へ伸べた。形振り構わず飛び込んで来たであろうはほんの一瞬身体を強張らせたけど、腕を振り払うような真似はしない。加えて、再びの雷鳴。先刻より勢いこそ弱まっていたけれど、もはや暗くなった部室を絶望のように照らす雷迅は、の恐怖を助長するに充分すぎる効力を発揮していた。

「ひやあっ…!」

悲鳴はあんまりかわいくないのう、と仁王は毛頭失礼なことを考えつつ、あやすようにの肩を叩く。それから少し思案して、右手でやんわりとの頭を撫ぜた。かような場合、どう対処するのが得策か判らないけれど、兎も角優しく接しておいて間違いはないだろう。あとで不快であると言われても飛びついてきたのはのほうだし、知ったことかと仁王は考えている。

「誰もお前さんのヘソなんて狙っとらんぜよ、安心しい」

多分聞こえてないだろうとは思ったが、気休めの暢気な一語を吐いた仁王は、胸の中でがかぶりを振るのを感じて目を細めた。どうやら聞こえてないことはないらしい。

「よしよし、ええ子やのう」
「ば、か、に、しないで…」

仄暗い部室、か細い声で反論したは、それでも仁王から離れようとはしない。けして大きい音ではないが、低いところで唸る地響きのような雷鳴に、気もそぞろだ。来るべき大きな衝撃に備え、何でもいいから縋りたいというのが今のの心情であったに違いない。

「しとらんぜよ、人間苦手なもんのひとつやふたつあるじゃろ」
「………仁王は、ある、の?」
「俺は……そうじゃのう」

仁王はの御髪の感触を確かめながら、思い耽った。は何も言わなくなった仁王を不思議に思って、上目をその面立ちに預ける。すると、仁王の視線も真っ直ぐ目下の自分を捉えていたから酷く恥ずかしくなった。客観的に見れば、自分達は今きつく抱きしめあっていることにならないか。は自分が仕出かしたことにやっと狼狽の色を見せる。それに気付いたのか、仁王はふと笑んで、腕の力を強める。

「…お前さんの涙とか?」

もはや裏がすっかり見え透いた殺し文句とは言え、ほとんど直接的に預けられた声の効力は絶大で、は一瞬閉口し、それからみるみる赤面した。それでも、奮い立った心持が、馬鹿じゃない、といつも通りの口上を乗せようと試みる。しかし、仁王の言葉が合図のように落ちてきた雷によって、またも思考が完全に有耶無耶になった。

「ばっ…、ひぎゃああああ…!」
「……かわいいのう、

雷鳴などどこ吹く風でくくくと笑った仁王の声は、多分には届いていなかった。まだ乾いてもない仁王の身体に、長いこと包まれ続けたは、雷が収束するころ、仁王同様すっかり冷たくなっていた。泣き止んだを手放す折、寂しいのう、とか言ってのけた仁王を完全無視して背中を向けたの、耳が赤くなっていたのを、仁王は見逃さなかった。

雷鳴はすっかり遠退いて、さきほどまで滝のように降り注いでいた雨もしめやかな音をたてるのみに落ち着つき始める。は大きく息をついて、よかった、と小さく囁き、仁王は使用済のタオルのすべてを乱暴にテーブルに投げつけてのち、つまらんなあと不謹慎な言葉を吐いた。

「…何がつまらないのよ」
「帰れるようになったからじゃろ?」
「…めでたいじゃない」
「お前さんと朝まで一緒っていうのも悪くないと思ったんだが」
「御免だわ!!!!マジでね!!!!!」
「ほう、さっきまで俺の胸でしおらしくあやされとった癖に…よう言えるのう」
「それは……」

ネクタイを拾い上げ、怠惰に締めながら、仁王は見返り、口篭ったに向かって、実に悪戯っぽく笑んだ。

と一緒なら、退屈しないで済むじゃろ」
「ひ、人を暇つぶしみたく言わないで!」
「…まー暇つぶしでもええんじゃが…」
「良くない、っていうかどういう意味!?」

もう洗うだけのタオルを几帳面に畳んだは、雨の音を遠くで聞きながら、取り戻した威勢で詰め寄った。仁王は、腕に残るの感触とぬくもり、そして涙に憂いた顔を思い返しつつ、失敗は成功のもと、という格言を胸の内側に貼り付けて、今日は思わぬ収穫を得たな、と改めて笑った。それは、仁王雅治元来の表情で。

「恋人にでもなって見るかのう?」



 


20130813 ミニミニモンスター