今日も今日とて俺の相方はえらく親切でひどく愚かだ。

「ブン太、預かっといたぞ」
「ん、あ、ああ…」

掌に預けられた小包は毎度のことながら几帳面にラッピングされている。この前はクッキーだったから、今日はマカロンとかダックワーズかもしれないな、と内容に思いを馳せながら無造作に花柄のマスキングテープ(と呼ぶことは柳に教えて貰った)を取り払った。彼女が同じスイーツを立て続けにプレゼントする、なんてミスを犯すはずがない。毎回趣向を凝らして品を変え、作り上げたものの中から綺麗なものだけを選り分けて袋詰めしているのが見て取れる。好きなやつに向けての甲斐甲斐しさをそういう方向で発揮する女子は嫌いじゃない。寧ろ好きだと豪語していい。しかし。

「ほら、ジャッカル」
「あ…またこんなにくれんのかよ?」
「いーから、食えって」
「…かわいそうだろ、好きなやつのために作ったのに」

(だーから)
(テメーにくれてやってるんだっての)

ミニサイズのマドレーヌをひとつだけ口に放りこみながら、感じる視線の方角に目を遣ると、仁王がいかにも『そいつは馬鹿じゃのう』と言いたげな顔でこちらを見ていた。俺じゃなくたって大概気付いている。彼女の好意の矛先が決して俺に向かっているわけじゃないってことくらい。咀嚼したマドレーヌはほのかにレモンの風味がして、どう見繕っても美味しいという言葉以外浮かばなかった。こんなものをむざむざとくれてやらなきゃいけないなんて、気付いてないだけに腹が立つ。

「うま!」

(そりゃそうだろうよ)


トマトース と 恋のメロディ


は赤也のクラスメイトだ。文化部に所属しているらしいけれど詳細は良く判らない。ひとまず部活の終わりごろになるとコートの傍にやって来て、きらきらした瞳で練習を見詰めている。目当ての人物が居るにも関わらず、俺と目が合った折も会釈を欠かさない律義さを持ち合わせていた。そしてだいたい2日か3日にいっぺん、は自分の意中の相手に忍びより、そっと背中をつついて差し入れを手渡すのだった。

「あの、ジャッカル先輩これ…」
「お、お菓子か?」
「あ、そうです…あの」
「ブン太にだな?渡しておくぜ」
「え、その…」
「あいつ甘いもん好きだからぜってー喜ぶわ」

そう畳みかけて、いつもジャッカルは残酷に、いとも優しくの肩を叩くのだった。阿呆だな、と思う。気付けよ、と思う。はじめは面白半分でほったらかしにしておいたけれど、幾度となく繰り返されるそれにジャッカルはどうでもいいとしてそろそろが不憫に思えてならなくなってきた。多分は、帰り道、今日もうまいこと言えずに言い纏められたと肩を落としていることだろう。

「ジャッカルさあ」
「ん?」
「どう思う?…」
ちゃん?」
「おん」
「そうだなー」

ジャッカルは食べ終えたお菓子の包装紙を器用に畳んでジャバラのようなものを作っている。手持ち無沙汰なのか。そういえば箸の使い方もままならないくせに、箸袋で箸置きを作ったりしていたなというどうでもいいことをふと思い出した。

「お前身勝手だからつつましやかなちゃん振り回さないか心配だけど」
「…………おう」
「お似合いだと思うぜ!?」

(死ね、クソハゲ)

悪態が漏れ出ないようにガムを口に放りこんだ俺は、いつもの倍の力で咀嚼しながら大きな嘆息を浮かべる。駄目だ、つける薬がない。向こうで帰り支度を終えた仁王がくつくつ笑っている。

「…大変じゃのう、ブン太も」
「っせー!」
「…ったあー!」

仁王に向けてジャッカル手製のじゃばらを飛ばしたつもりが変な方向に跳ねてジャッカルの額(か頭かもう境目がわからないので何と言えばいいかわからないけれど眉よりは結構上の部分)にクリティカルヒットした。何すんだよ、と抗議してきたジャッカルに、天罰だ、と心で呟いた俺は、お先にと短く告げて部室を後にする。




「おあ」
「あ」

校門の付近で見慣れた影がうろうろしていたから足早においかけ覗き込んでみたら予想に反することなく視線の先でが目を丸くしていた。おろおろ、と言う擬音語を纏い、自分の髪の毛を撫でつけながらはいつも通り可愛らしく会釈する。

「お疲れ様です…」
「おーお疲れぃ」

俺がバシっと対応してみせたのに、は気もそぞろだ。なるほどな、と俺は思って、図星を思い切りぶっ叩いて見せる。

「…ジャッカルは一緒じゃねえから安心しろぃ」
「あっ…!」
「委員会だってよ、あいつ」
「そうですか…」

安堵と落胆が綯い交ぜになった顔で視線を落としたの心は裏側がなさすぎて裏を読めないほど安易な作りをしていると思うのに、何故あいつはああも率直に裏を欠くのだろう。幼少期に何か不幸な体験でもしたと言うのだろうか。ありえるから突っ込めない。


「…はい?」
「ちょっと耳かしな」

きょとんと首を傾げるはいとけなくて、ああ、俺がジャッカルだったらなあ、と一刹那悪夢のような仮定を頭に浮かべてのち、いやいや、と頭を振った。胃ならまだしも、肺はさすがに、よっつもいらねーし。


冬と呼べるものに差しかかり、外に出るにはいささか億劫ではあるが背に腹は代えられない。幸い日差しは強く、朝の天気予報でも小春日和だとか告げていた。誰の行いが良かったからかは知れないが、ジャッカルではないことだけは断言出来る。

「なージャッカルー」
「うん?どした」
「今日天気いいし、外で飯食わねえ?」
「はっ!?寒いだろ!?」
「平気だってー中庭なら風も来ないだろぃ」
「ま…いいけどよ」

渋々だが承知して見せたジャッカルにしめしめと思いながら、俺は計画の続きに手を伸ばす。

「じゃーベンチとっとけよ、俺何か買ってくっから」
「…ちゃんと俺の分も買って来るんだろうなー」
「まかせとけって」

かような釘を刺されたのは、第1波を逃すと購買はロクなもんが残らないからだろう。確かに、食いたくもないときのジャムパンほど惨めなものはない。俺だって菓子パンであれば何でもいいわけではないから気持ちは判る。……まあジャムパンだって結局愛しているけどよ。

「じゃああとで」

内心グッドラックと呟きながら、俺はジャッカルに背中を向けた。購買でありあまるほど買うのは、無論自分のパンとおにぎりだけである。このまま教室に戻ってしまうのもやぶさかではなかったが、自分から切り出したものを完全に放り投げてしまうのも少々決まりが悪くなった俺は、良心を片手に結局中庭へと移動した。

中庭の隅、三人掛けのベンチに腰を下ろしたジャッカルは行き掛けに購入したのであろう紙パックのジュースを啜りながらぼんやり空を見上げていた。思った通り、風は穏やかだ。俺は忍び足でベンチの後方に聳える椎の木に寄りそって、ジャッカルと背中併せになるような形で腰を下ろす。同時にそろそろ腹が減って苛々してきたから血糖値をあげるべく取り急ぎサンドイッチの封を切った。

「……あれ」

サンドイッチを丸のみに近い形で頬張っていたら、ジャッカルが俄かに声を漏らしたから背中に意識が宿る。そっと後方を確認すると、ジャッカルの傍らにひとつの影が見とめられた。小さくガッツポーズを決め込んだ俺は、袋の中のメロンパンに手を伸ばす。

「ジャッカル先輩、お疲れ様です」
ちゃん!昼に逢うなんて珍しいな!」
「あ、はい」
「ブン太なら、もうすぐ来ると思うぜ?」

(あーくそ)
(マジくそ)

パンを握りつぶしそうになるのを堪えて俺はジャッカルの背中を睨みつけた。ここでしゃしゃり出たらの努力が無駄になってしまう。むしゃくしゃしながら齧ったメロンパンは気の所為かいつもより美味しくない。

「…あのう、お弁当作って来たんですが」
「お、マジかよ、すげーなちゃん」

ここでいつも通りブン太喜ぶぜ!オブリガード!とか言ってのけようもんならそのつるつるの頭を勝ち割って油性ペンで脳みそに馬鹿って書いてやろうかと思っていたが、継がれた文句はいつもと少々毛色の違ったものだから俺は小さく息を飲んだ。

「こんなにちゃんに尽くされて…ブン太がうらやましいよ」

挙句の果てには幸せもんだな、あいつ、とまで付け加えやがったから、もしかしたらが泣いてしまうんじゃないかと心配になって思わず顔色を伺った。そしたらいっそすがすがしいほど恋する乙女の瞳でジャッカルを見詰めていたから、今度は俺のほうが安堵だか落胆だかわからない心地に見舞われた。

「あの、違うんです」
「ん?違う?」
「ジャッカル先輩がお肉好きだって聞いたんで、あの…私」
「へ………俺?」



『下手にお菓子とか作ってくから余計に俺かと勘違いするんだってーの』
『は、はあ…そうなんですかね…どうしよう…』
『あいつの好きなのは肉だよ、肉肉!』
『お、お肉!?』
『だからー恋の手作り弁当大作戦、だろぃ!』



ご丁寧に学食のレンジで温めてきたのだろう、トマトソースの良い薫りがこちらまで漂ってくる。ジャッカルの顔は見れないけれど、多分見たこともないような驚愕が張り付いているであろうことは想像に容易い。

「もしかして…煮込みハンバーグ嫌い、ですか?」
「い、いや、そうじゃねーけど、その」
「良かった…じゃあ是非」
「あ、ありがとう、ってゆうか…その」
「どうしました?」

いつもとすっかり大逆転の畳み掛けられぶりであるジャッカルに笑いが堪え切れなくなった俺は昼食を抱えたままそそくさとその場を後にした。恋のキューピッドなんて柄にもないけれど、教室に戻ってから鼻歌交じりで頬張った昼食はなんだかいつもより美味しく思えてむかついた。今頃、はきっと笑っているだろう。

その日の授業が終わって、部室に入ってくるや否や、ジャッカルは俺に向かって

「俺だったのかよ!」

と高らかに叫んだ。それに対して、仁王だけではない、柳と幸村くんまでもが同時に

「気付けよ」

と突っ込んだのは部活史上歴史に残る出来事だったと言っても過言ではなかったと思う。

とりあえずジャッカルはどうでもいいとして、
健気なに幸あらんことを、

だろぃ!
 


〔脱稿〕20131118 トマトソースと恋のメロディ