GOOD LOOKING
「さん」
「うん?」
「キモいっすわ」
あまりの率直な宣戦布告に、の腸は一瞬で煮えた。ただまあ、あまりのことすぎて思考が絡まり、返す言葉が見つからない。口惜しいことに。
「は…な…」
「せやから、キモい言うとりますやん」
「聞こえてるっちゅーねん!なんなん!?」
「そのまんまの意味」
吐き捨てて、そっぽを向いた財前はいつもにも増して小憎らしい。一体全体自分が何をしたと言うのか。こんなにも前触れと言うものがない罵倒があってたまるものか。とりあえず煮えたものを飲み込んだは、大人になれ、と言う魔法の呪文をひとしきり唱えたあと、同様の呪文を眼前の憎らしい後輩に差し向けた。
「あんなあ財前、アンタも気分でもの言わんと、少しは大人になりや?」
「…いや、俺まだ年齢的に大人の階段の途中なんで、もう少し子供楽しませてくれませんかね?」
「またかわいくないこといいやがって…、日吉くんの爪の垢を煎じて飲ませたいわ…」
途端、さらにワントーン財前の気色が暗くなった気がしては驚いた。なんや、もしかしてこれ地雷なんか、と思った矢先、後方から待ち人の声色が飛ぶ。
「お待たせしました」
「あ、噂をすれば日吉くん」
「…噂?」
「いや、こちらの話」
関東に遠征、及び氷帝学園との練習試合をすることになった四天宝寺は、試合日の前日入りした今日この日、学園を案内して貰う運びと相成った。そして、と財前の二人は氷帝学園中等部テニス部次期部長(候補)らしい日吉に案内して貰うことになったのだが、当の本人は今日聞かされたとかなんとかで、参加するはずだった委員会の仕事を抜ける許可を貰いに行ってくれていたのだった。
「それはそうと、平気やった?」
「平気も何も…、あの人の望みなら罷り通るのがこの学園の仕組みなので」
「なるほど、おおきにな?」
「いえ…、っていうか」
眉を潜めた日吉は、テーブルを挟んで私の向こう側に居た財前に視線を被せ、軽く嘆息する。
「…財前、具合でも悪いのか」
「…お前に関係あらへんやろ」
「ちょ、財前…」
「関係ないが…案内の途中でぶっ倒れでもしたら俺が困るから、様態が悪いなら可及的速やに医務室へ行ってくれ」
多分跡部が財前に日吉をあてがったのは次期部長同士交流でも持てばいいんじゃねーのアーンてな具合だと思うのだが、財前がこうでは元も子もない。というか、無愛想なのは元からだとして、何故こうも喧嘩腰なのか。学園に来たときは、『流石東京の私立は違うなあ』とかぼんやり校舎を見上げるかわいらしい一面を覗かせたりしていたのに、もしかして、さっきの地雷めいた一言と関係あるんだろうか。
『日吉くんの爪の垢を煎じて飲ませたいわ…』
(うーん、まさか、いやまてよ)
「じゃあ、行きましょうか、さん」
「あ、うん…、ほら財前、行くで」
だっる、と眼差しで訴えつつ、いかにもしぶしぶと言った様子で立ち上がった財前は、ゆるゆるとの目前へ移動した。目前、というより、と日吉、の間に。
『うっわ…、日吉くんってむっちゃ綺麗やな、びっくりした』
『あんな格好良い子おるねんな』
『モテるやろなー絶対』
(えーっと…)
数十分前、日吉と対面した時分のことをふと回顧したは、思えばその発言ひとつひとつを繰り広げるごと、財前の口数が減っていったような気がすることを思考の内側に導いた。
何故だか財前越しに目が合ってしまったと日吉は、刹那、多分妙ちきりんな意思疎通をした。日吉は微かにうつむき、小さく笑った、ように見えた。
「…別に、かったるいなら休んでればいいんじゃないか?」
「だからお前に…」
「まあその間、俺は責任を持ってさんを案内するから、安心しろよ」
「………!」
その絶句は
の予想が正しかったのことを裏付ける何よりの証拠だったのだけれど、逆に居た堪れなかったのは言うまでもない。
「ざ、財前?」
「……明日、見てろよ、日吉」
「っは、望むところだ」
(もしかして、妬いてたん?)
そう聞くだけの許容を、の心はまだ持ち合わせていない。
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