冷静に考えて見れば、彼が上機嫌で、にこにこと、さわやかにおつかれ!なんて部員達に声をかける様を見たことがない(見せない)のが実情ではあるにせよ、部室に入るなり眉間に皺を寄せ、あからさまな舌打ちを決め込んで来たこともそうそうなかったから、一同は泡を食った。慈郎あたりが珍しく起きていたら、邪気がないだけがとりえの声で間髪いれずに『どうしたのあとべー!』と放り投げたのかもしれないが、当の本人は寝ている起きている論争どころか部室にすら来ていない有様である。場の空気はいささか凍りついた。

「………なんだ、テメェら」

誰よりも先に口を開いたのは皆のわななく視線を浴びせかけられた跡部のほうである。自分の行いを顧みて頂きたいと誰もが思ったが、あえて誰も口にはせず、いや、別に、すみません、のような当り障りのない言葉と共に瞳を背ける。定めて、そこにいた部員の全員が掘り下げて下手な八つ当りを食らうのは御免だと賢い判断を下していたに違いない。だから、跡部の背中を追うような形で部室に飛び込む羽目になった彼は本当に不幸だったと思う。

「ちーす、おつかれ…あ、跡部?」
「……し、宍戸さん…」
「なんでこんなとこ突っ立ってんだよ、辛気臭い顔して、変なもんでも食ったのか?」

からから、と笑って跡部の肩を叩いた宍戸は、部活開始早々彼の居るコートに促され、言うまでもなく、それはもう手酷く、こてんぱんに伸された。無様だな、と吐き捨てるように言われた宍戸は、それと言うより無念だった。ぐったりと項垂れる宍戸に手を合せる長太郎は、優しいのかそうでないのかよくわからない。


モナークは馬のを見るか


「てゆうか、跡部は何であんなに機嫌悪いの!」
「………あんなに荒れてるのは、珍しい、です」
「やっぱりかばちゃんもそう思う?」
「……ウス」

コートの片隅でブラシを携えながら、樺地と話を始めたは、盗み見た跡部の血色が未だ(宍戸に八つ当たりをしてなお)落ち着かないことに改めて首を傾げる。

「かばちゃん、何か聞いてないの?」
「……悪夢」
「ん?」
「……悪夢を見る、と言ってました」
「はあ、悪夢」

おうむ返しして、再びチラリと跡部を見ると、眉間に皺が彫られてしまった人のようになりながら、スポーツタオルで汗を拭っている。顔の良い般若だな、と誉めているんだかけなしているんだか判らない感想をぽつりと浮かべながら、はせせら笑った。

「悪夢を見せることはあっても、見ることはなさそうだけどなあ」

困惑の色を露にした樺地に、だって今日多分宍戸うなされるよ、かわいそうに、と続けると、はかない声でウス、といつも通りの声が返って来たからなんだか安心した。あんまり油を売っていると眉間の皺がより濃くなるのは明白だったから、キリの良い場所で樺地との会話を切り上げて、空いたコートを整備している風を装う。跡部の居るコートの界隈は、言うまでもなく女子生徒のざわめきに包まれていたけれど、熱い視線も黄色い声も今日の跡部にとっては原因不明の苛立ちを助長する要因でしかないように思えて、女の子たちがいささか不憫になった。

一体全体、どんな夢を見たって言うんだ。

なんとなく胸のあたりがもやもやするのは、マネージャー業務のようなものをこなしつつもなんだかんだ跡部を監視していたから、これじゃあまるで恋みたいでいやだなあと真面目に思って、嘆息した。多分なんのことはない『いつも通り』が壊されたことが自分を燻らせているんだとは自覚している。
部室の扉、レバーハンドルに手をかけた跡部をみかけたは、いつも通り跡部にお疲れ、今日は遅いねと挨拶した。しかし跡部は視線を交わらせただけで、ああ、とか、そうだ、とか、まあ最悪、うるせえ、でもいいのだけれど、そのどの返答をも選ばず、しかとを決め込んで入室してしまったのである。なんとなく腹が立ったはそのまま跡部の後に続こうとしたけれど、すでにきっと部室内はレギュラーメンバーが顔をそろえているから変な揉め事を起こすのはやぶさかではないと踵を返した。自分は大人だ、と思う。すれ違った宍戸が、ちっす、今日もよろしくな、と、逆に暑苦しいほどさわやかに肩を叩いたから、彼の株はその瞬間急上昇したけれど、今やベンチで憔悴しきっていてかわいそうな限りである。部室で跡部の藪をつついたのであろうことは想像に容易い。
部員があらかたマネージャーのやるべきことを行っている氷帝テニス部にとって、自分はマネージャーのそのまた下働きのような存在であることは自覚しているから、ねぎらいの言葉を常日頃まめに与えてやって欲しいなんておこがましいことは爪の先ほども考えていないけれど、流石に無視をされる謂われはない、と思いたい。それが例えあの俺様野郎(何様野郎、とも言える)もとい、キング相手だったとしてもだ。それはあのような特殊な人間になってしまっても、せめてひとかけらの情だけは失わないでほしいというにとっての(だいぶ失礼な)願いのようなものもはらんでいた。

「…あれ?」

使わなくなったカートを折りたたんで、コートの隅に移動したら、隣のコートで行われていたボレー・ストロークの練習を終えた日吉が傍らでふと声をあげた。物言わず顔そちらに向けると、ばちりと視線が交わってしまい少々気まずい。何か言わなければならない気がして、は口元に笑みを貼り付けながら、どうしたの、と形ばかりの問いを浮かべる。

「あれ」
「ん?」

日吉が顎でふい、と視線を促したのは、自分が先までいやになるくらい視線を送っていた跡部景吾その人である。今度はどうしたんだ、と思うが早かったか、背中を向けていた跡部がゆるゆるとフェンス門扉へ向かっているのが見て取れた。日吉は軽く息を吐いて、残念そう、と言うよりいかにも不満気に言葉を零す。

「今日こそは、試合して貰えると思ったんですけど」
「…気が立ってるっぽいし、やめたほうがいいんじゃない?」
「そうですか、逆に好機だと思いますけど」

こういう時じゃないと、なかなかつきあって貰えませんし、と継いだ日吉の顔は至って真面目である。日常的に感じていることだけれど、肝が据わっていると見せかけて日吉も大概変なやつである。レギュラー陣はあらかた変なやつで構成されているから、多分日吉も問題なくレギュラーになれるよ、とは心の内側で強く思った。
それにしても跡部がこんなに早々コートを去るとは珍しい。まあ去るといっても色々理由はあると思うけれど、違和感を覚えてしまうのは、先の不機嫌が念頭にあるからだろうか。何にせよ、の内側のもやついたものは解消されないので、跡部の動向がいや気がかりである。よくないことに、そこには少々の好奇心も含まれてはいたけれど。
そんな心持の中、は空になったジャグをベンチに置き去りにしていたことを丁度いい塩梅に思い出した。はカートをコートの隅に追い遣って、ジャグの持ち手をおもむろに掴むと、そのまま颯爽とフェンスの門扉を潜ったのであった。

追いかけたところで目標の姿はすでに影も形もなかったけれど、クラブハウスまでの裏道を覗いたら、安易にその姿がみとめられた。ジャージを左肩に羽織りながら、ゆっくりと道のりを進んでいる。しかし、まあ思いつきで尾行してきたものだから、視界に入った途端、好奇心が狼狽へするすると姿を変える。逆に今自分がここにいるのはとても怪しくないか、と気付き、跡部の視線を感じる前に逃げようとした刹那、奇しくも唐突に、跡部が見返ったから心臓が跳ね上がる。危うくジャグの持ち手を離すところだった。
跡部はを目視するやいなや大きく目を見張って、それから一層眉間の皺を深くする。舌打ちをされないだけマシだとは思ったけれど、それがありあまる露骨さであったためか、流石のの心もわずかに、ちくりと痛んだ。誰かに好かれて悪い気はしないように誰か疎んじられて好ましい心地にはならない。

「テメェ、何しに来た」

いつになく怠惰めいて口を開いた跡部はたしなめるようにへ言葉を送る。は戸惑いつつ、ジャグを目前に差し出して見せる。

「ジャグ、洗おうと思って」
「あん?んなもんコート脇で洗えばいいだろ?」
「コート脇の水道は数が少ないでしょ?この時間は部員の使用を優先させてあげたいの」
「……そうかよ、勝手にしろ」

歩みを止めた跡部は、先に行け、と言わんばかりに道の右脇に退いた。道を開けるなどあまりないことだとは思ったけど、きっと背後についてこられるほうが落ち着かないのだろう。水道の数、なんてそれらしい理由を取ってつけたは、どうにか跡部を丸め込んだことに内心胸を撫で下ろしている。

「さっさと行け」
「………ありがとう」

腕組みをして顎で動きを急かされつつ、道をあけてくれたことだけに対して不本意ながら礼を述べたは、すれ違い様、伏し目で自分のつま先あたりを睨み付けている跡部の面立ちをちらりと覗き込む。色素の薄い瞳、長い睫、バランスよくしつらわれた顔のパーツに、あえてアシンメトリーを演出する目の下の黒子。とにかく容姿だけは端麗だ、容姿だけは、と感じながら、ふと思考の内側を樺地の言葉が横切った。

『……悪夢』
『悪夢を見ると言っていました』

その折、の旨の内側に沸いたのは、好奇心だろうか、それとも加虐心だろうか。

「…跡部」
「……あん?」
「最近夢見が悪いってホント?」

ささやかに持ち上げられた跡部の瞳の色が変わる。樺地に悪いことをしたかもしれない、と思いつつ、の唇の動きはさらに加速した。

「テメェに関係ねーだろ、さっさと行きやがれ」
「ごめんごめん、でも跡部が魘される夢って想像出来ないから」
「ハ、お前如きに俺様を解釈されて堪るかよ」
「………ねえ、もしかして、竈馬?」
「…………は…?」

不機嫌極まりないと言う色味を帯びていた跡部の声が、一転、素っ頓狂なものへと変貌する。それは、のあまりに唐突な一語を受けての反応に他ならない。かまどうま。かまどうま。と跡部の中で言い得て妙な反芻現象が行われる。そうして、いずれやっとかまどうまと呼ばれるもののおぞましいビジョンが知識の奥から引き寄せられた。

「竈馬、っえ?知らないの!?」
「……っ違ぇ、変なもの思い出させやがって!」
「なんだ、じゃあ違うんだ、大量の竈馬が襲来して跡部にべったり張り付いてくる夢でも見たのかと思った」
「おい、それ以上言ったら殺すぞ、

跡部の声が低いところで響いた頃、はやっと拙いと感知して口を噤んだ。跡部の忌み嫌うものと言ったら節足動物しか思い出せない。以前山間のセミナーハウスで行われた合宿で、トノサマバッタが足に張り付いた時の跡部の形相は忘れようと思っても忘れられないだろう。美しい容姿が思い切りよく歪むのを見て、は笑いを堪えるのに必死だった。そして、節足動物の中でもとりわけおぞましいのは竈馬だ。色味は茶と白で、わけのわからない縞をはらんでいるし、挙句おかしいくらい後ろ足が発達している。一言で言うと、気持ちが悪い。いくら踏ん反り返って君臨している跡部景吾と言えど、数百匹の竈馬に張り付かれたらひとたまりもないだろう、精神が。
と、言う運びで拙い想像力を最大限に働かせた結果、の考える跡部の悪夢は竈馬ということになったのだが、どうやらまるで見当違いだったらしい。むしろ、別次元の悪夢を想像させられて、跡部の周りは先刻より一層、淀んだ。顔色もワントーン暗い色に摩り替わったように感ぜられる。

「ごめん、あの、跡部、すみません」
「…テメェは俺を怒らせたいのか、

かぶりを完全にあげてこちらを見据えた跡部は結構な迫力だった。しかし、俄かに、それよりも気にかかったのは、跡部の息が少々乱れているような気がしたことだった。

「……あ、跡部?」
「ふざけ、る…な、よ」

そうこうしている間に、暗くなった顔色がするすると青く変貌していく。額には汗。試合でかいたものと違えているのは明白である。その半身がぐらりと揺れたから、これは拙いと咄嗟に思ったは、無意識でジャグを手放し、掌を跡部の肩に伸ばした。入れ替えのように跡部の肩のジャージがひらりと地面に着地する。プラスティック製品の転がる音をどこか遠くで聞きながら、ユニフォーム越しに感じた跡部の体温が人並のそれより高いような気がして目を見張った。一試合こなした後だから本来なら低くても良いくらいだ。尚更おかしい。今考えてみれば、ここまでやってくる跡部の足取りもいやに 重かった気がする。しかし、受けとめようと伸ばした腕に、跡部が体重を預けてくることは無かった。よくよく考えて見れば自分の片腕だけで跡部を支えられる道理もなかったから、少しだけほっとした。跡部は舌打ちして頭を抱えてのち、の右手を振り払う。

「…構うんじゃねえ」
「構うも何も、酷い熱だよ、跡部!」
「あん?思い過ごしだ」
「はあ?そんなわけないじゃん」

振り払われた手に力を籠めたは、嫌がられるのを承知で跡部の額に自分の掌を押し付けようと試みる。しかし、指先のみは触れることに成功したものの、すぐに感付かれて手首を捉えられる。しかしもうすでにその掌さえ熱を帯びていて、墓穴を掘ったな、とはほくそ笑んだ。

「あっつ…」

跡部ははっとして、そのまま閉口した。しかし、それからほどなく、ぽつりと、小さく言葉を零す。依然として、手首は掴まれたままだ。

「……カマドウマめ」
「…は!?今なんつった!?」
「カマドウマ、だよ、聞こえなかったか?」

定めて
その忌々しい一語は、の呼称として放たれていると推測出来た。言うに事欠いて人を竃馬呼ばわりするとは何事か。お前が足に張り付かれたトノサマバッタならまだしも。は怒りを通り越して少々呆けた。手首が熱い。そろそろ離してくれないだろうか。色々な思案が渦巻いて混沌としているの瞳に跡部の視線がぶつかる。しかし交わる視線はままならず、再び跡部の半身が崩れた。拍子に、手首の枷は外れたけれど、肩口にその御髪が降ってきたから驚愕した。直後感じる、ずしりとした跡部の頭の重み。

「ちょ、跡部!?」

肩口に感じる跡部の体温は矢張り高かったけれど、それより、胸元にぜえぜえとかかる吐息のほうが気にかかる。流石のも男にこれだけ密着されて、上擦らない心臓を持ち合わせている訳がない。しかも相手は、一応、跡部景吾である。

「……なんで、よりにもよって、お前なんだ」

果敢ない声で、うわごとのように呟いた跡部は垂らした右手をの空いた肩口に伸ばす。さっきから跡部の言っていることの意味がわからない。わからないけれど、機能しない思考の内側でなんとなく思い至ったことがある。跡部が不機嫌なのは、体調が悪かったからで、悪夢を見るのは、高熱で魘されていたからなのではないか、と。
項垂れてくる跡部を、止むを得ず抱きかかえる形になりながら、は込み上げてくる熱に首を振って息を吐く。保健室…、に行くくらいなら帰ると言い出しそうだから、ここは多分樺地を呼んでくるのが正解だろう。ちらりと覗き見た跡部の面立ちはすっかり蒼褪めていて、いささか不憫だった。引き剥がそうとその両肩に指を絡めた瞬間、また跡部が微かな声を零す。

「…悪夢だ」
「は…?」

流石に聞き流せず、問い掛けの一語を漏らすと、跡部はいささか物憂げな色を浮かべて、吐き捨てるように述べた。

「最近の悪夢そのものだ」
「な、何がよ」
「…べったり張り付いてきやがって」
「張り付いてんのはあん、た、でしょ…って」

反論を終える頃、はやっと跡部の口から謎解きが齎されたのだと言うことを咀嚼する。同時に、頭が一瞬白く反転した。跡部の身体に、べったり張り付く、竈馬。

「……お前だ」

やり過ごしたはずの熱が身体の奥から渦巻いて、の顔全体を包み込んだ。そんなの羞恥など露も知らない跡部は、崩れかけた身体を持ち直すついでに、細い首に両腕を絡める。引き寄せられて、先刻まで抱きつかれている形だったはいつのまに抱き竦められている。熱い、熱すぎて蒸発してしまいそうだ。さっきの言葉をそっくりそのまま跡部に返してやりたい、なんでよりにもよって私なんだ、例え夢であったとしても、恋愛劇のようなものを繰り広げるなら余計、こんな詰まらない女を出演させるよりもう少し選びようがあったんじゃないか、と。

「毎晩毎晩、うざいんだよ、お前」
「う、うざいなら、離してよ」
「……アーン?俺様に口答えするとは、上等じゃねーか」

覇気はなくとも、ほとんど耳元で囁かれるそれは毒である。いよいよどうすればいいか判らなくなったは既に涙目であった。第一、誰かが通ってこの状況を見たらどう言い逃れすればいいのか皆目検討もつかない。熱に浮かされ、気まぐれで自分に項垂れて来たと弁明したところで、誰が信用するだろうか。の脳内にアラートが鳴り響く。これ以上は、なんだかいろいろ、もう無理だ、と。

「……跡部っ…、…ごめん!」
「…っは、ぁ!?」

全身全霊を込めた肘関節のバネで跡部を突き放したは、自分から離れてバランスを崩す跡部をどこかスローモーションのように見詰めていた。もっともな保身のためとは言え、申し訳ない、どうか後頭部だけは無事で…!と強く思いながら、もまた上手く立って居られず、道の脇に尻餅をつく。痛みに目を閉ざしている最中、跡部側でとりわけ音が起きなかったから訝く思いつつ瞳を開けると、どこから現れたのか、樺地が跡部の半身を支えていたから驚いた。

「…戻ってこないので、様子を見に来ました」
「あ、りがとかばちゃん」
「…………ウス」

神出鬼没すぎる、と思いながら、先の一連を見ていたに違いない樺地に再び顔から火が出る思いだった。とは言え、まさか見てたよね、とも追求出来ないし、誰にも言わないで、と言ったところで言わないであろうことも明白である。当の跡部は、と言うと、ついに限界が訪れたらしく、樺地の腕に頭を預けて、そのまま眠るように卒倒していた。

「担架、持ってこようか?ついでに男手も」
「お願い、します」

転げたジャグを救出し、駆け出したは、跡部のぬくもりと、感触がまだありありと残る肩口にかぶりを振った。自分を上目で垣間見たその面立ちは、綺麗だとしか言い様がない。悔しい。酷く悔しい。

夕暮れの内側、気を失った跡部は何か夢を見ているだろうか。
それが、竈馬の夢だったらいいのに、とは考えながら、尚も地面を蹴った。













「………お疲れ様です、跡部部長」
「あん…?じゃねーの、一週間もどこで油売ってやがった」
「わざとだよね?連絡行ってるよね?誰かさんのかかったウィルス性のうんちゃらですよ!」
「知らねーな?」

一週間ぶりにコートに現れたは、念のためなのかあてつけなのかマスクを着用している。跡部がの言うウィルス性のうんちゃらで学校を休んで3日後、跡部が復帰する前日にが同じ原因で高熱を出し、ぶっ倒れたのである。跡部がウィルスを撒き散らしていたことは間違いないのに、倒れたのが自分だけと言うのがどうにも釈然としないけれど、とりあえずベッドの中では、跡部はよくこんな辛い状態で通常の生活が送れたな、とわずかな尊敬を覚えた。生徒総会や大会へ向けてのミーティングなどもあってバタバタと忙しい時期だったから休むという考えに至らなかったのでは、というのは、後から樺地に聞いた話である。

「テメェがいねえと部員の仕事が増えるんだよ、
「そら、すみませんね…」
「判ったら、さっさとブラシ持って来い、ストップウォッチもだ」
「…はーい」

備品倉庫に向かおうと踵を返したであったが、思うところあって一度ぴたりと足を止めて、振り返る。胸の内側では、ほんの少しの悪戯心と、心もとなさがない交ぜになっている。

「跡部」
「あん?」
「竈馬の夢はどうなった?」
「か…」

最初の一文字を漏らして、固まった跡部を見たは、したり顔を浮かべる。どうやら、忘れてはいないようだ。しかし、ほどなく表情を涼やかにした跡部は、いつもの笑みを口元に浮かべて、言葉を投げた。

「黙れ、

備品倉庫に差し向けられる指先が憎らしくて眉を潜めた。とりあえず、最近やたら顔の綺麗なトノサマバッタのようななにかが張り付いてくる夢ばかり見てしまうことは、胸の内側にしまっておくことにする。




 


20130811 モナークは竈馬の夢を見るか